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あの森の夢を見た

あの木にはまだ、あの自転車が立てかけられたままで、相変わらず僕は、あの森のそばに通っていた。
木を背もたれにして、足を投げ出して座った。
森の奥をじっと見つめていると、いつのまにかものすごい眠気に襲われたんだ。
あれはきっと夢。
眠っている間に見た夢だと思う。
僕は、ふらふらと森に誘われるように奥に入って行ったんだ。
すぐに色とりどりのキレイな花たちが、道の両方にたくさん揺れているのが目に入る。
「こんにちは」
「ようこそ」
「やっときてくれたのね」
空耳だと思うけれど、花たちは揺れながら僕を歓迎してくれたんだ。
歓迎されているんだと思えたけれど、急に不安になった僕は、怖くなってすぐに森の入り口に向かって走り出しちゃった。
はあはあと息がきれる。
顔をあげると、あの自転車はちゃんとそこで待っていてくれた。
「なんだったんだろう」
つぶやくと同時に、ハッと我に返った。
僕はあの木のしたで、身体を横たえるようにして眠っていたようだ。


あれはきっと夢。
花がしゃべるなんて、ありえないもの。
きっと夢。
あたりは少し薄暗くなっていた。お腹がぐーっと鳴ったので、僕は家に帰る。
ご飯を食べながら考えたことは、明日もきっと森に行くだろうなってことだった。
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誰が森につかまっちゃったんだろう

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決して森の奥には入っちゃいけないよ。
そういつもお母さんに言い聞かされていた。
もう耳にタコが出来るくらいに。
今日遊びに行ってみると、森の手前にある大きな木の根元に、一台の自転車が置き去りになっていた。
誰が乗ってきたんだろう。
周りを見回すけれど、誰の姿も見えないんだ。
ボクは森の奥にじっと目を凝らす。
もしかして、お母さんに知らされていないその人は、森に呼ばれちゃったのかもしれない。
嫌だと言えるはずもなく、暗い暗い森の奥の、あの、小さな輝きに誘われるまま行っちゃって、そしてつかまっちゃったに違いない。
いったい誰だろうと思うけれど、確かめることはきっともう出来ない。


僕はどうしても気になって、次の日もあの森の近くに出かけて行った。
自転車はまだそこにある。
昨日の夜に降った雨が、自転車を濡らしていた。
雨粒が、太陽の光に反射してきらっと光る。
「呼んでる?」
きらきらと瞬くような雨粒の光りが、「助けて」と語りかけているように感じた。
自転車のひとが、助けを求めているのかもしれない。
僕はもう一度、森の奥をじっと凝視する。
今は朝だ。
いくら暗そうに見えたって、森の中も夜じゃないんだし、きっと明るいはずだ。
僕は森のほうへ、一歩足を踏み出した。
『森の奥には行っちゃダメ』
ふいに頭の中で聞こえたお母さんの言葉が、僕を現実に引き戻す。
気になるけれど、僕はお母さんの言いつけどおり、森の奥には行かなかった。
だけど、もう少し大きくなったら、行くかもしれない。

頭痛にビオフェルミン?

昨日の朝から風邪具合が悪かった僕は、とうとう今朝には高熱が出てしまい、起きられなくなった。
ちょうど仕事も休みの日だったので、悠を学校へ送り出すとそのままベッドへ直行した。
日頃から、睡眠不足は感じていたが、寝つきも寝起きも悪かった。
精神的にも体力的にも限界を感じていたのだろうか、熱が出るなんて、体が休めとSOSを出したんだろうな、と思った。
僕は食事も摂らないまま、悠が帰る4時過ぎまでぐっすり眠っていて、チャイムの音でやっと目が覚めた。
玄関まで歩いていくのも辛かった。ふらふらしながらドアを開けると、心配そうな顔で悠に聞かれる。
「大丈夫?」
「さあ、どうかな」
笑顔を作って大丈夫だよって言うつもりが、つい本音で答えてしまう。
「寝てたほうがいいよ」
「うん、そうする」
今まで寝てたんだけどね、と言いつつベッドへ潜り込む。
すぐに悠がなにやらごそごそする気配を感じ、ベッドの部屋へやってきた。
「お父さん、これ飲んだほうが早く治るよ」
枕元に差し出された悠の手のひらに、2粒の白い錠剤が乗っている。
「え、何の薬?」
「ビオフェルミン。頭痛いとき、飲んだら治るんでしょ?」
「……ああ、ありがとう。でも、それはお腹の薬だよ」
「お腹? じゃあ、頭は良くならない?」
悠は良くお腹をこわすので、時々ビオフェルミンを飲んでいる。
それでよくなるので、僕の頭痛にも効果があると信じて疑わないんだろうな。
悠に心配をかけたくなくて、僕は体を起こした。
「お父さん、寝てていいよ」
「もう平気。ご飯の用意をしよう」
心配そうな悠に、お腹すいただろ? と聞くと素直にうなずく。
「気をつけておりて」
悠が僕の体を支えてくれた。
昔は良く可愛い悠をぎゅっと抱きしめてた。
最近はふたりで部屋にいても、お互い別々のことをしていて、スキンシップどころか、まともに会話もしていなかったような気がする。
自立してきたとはいえ、もう少し構ってやったほうがいいのかな、と思っていた。
久しぶりに悠を抱きしめると、「やだよ」と言って離れようとする。
「ごめん、ツライんだもん。ちょっとだけ癒されたい」
ちょっとふざけ半分に言うと、悠は「しょうがないな」なんて言いつつも、僕の体を抱きしめてくれた。
子供の温かな体を抱きしめていると、本当に体にパワーが湧いてくるような気がして来る。
スキンシップは癒される。
改めて、その大切さが身に染みた瞬間だった。

僕と悠の未来図【番外編】

今回、ちょっと視点を換えて、湊の同僚である「白石さん」の気持ちを描いてみました。


******************


「佳苗(かなえ)ちゃん。だって~」
恥ずかしくてもだえながら、私は枕を抱きかかえたまま、ベッドの上でゴロゴロ転がった。
現在片想い中の同僚、春原湊(はるはらみなと23歳)にお願いして
今日、初めて名前で呼んでもらったのだ。
ずっと白石さんって名字で呼ばれてた。
だけど、それじゃあ距離を感じるし、他人みたいで嫌だった。
もちろん、実際距離はあるし、他人なんだけど少しくらい近づけたら嬉しいなんて思ってた。
それで今日の帰り、勇気を出して言ってみたのだ。

「お願いがあるんだけどっ」
「なに?」
憎らしいくらい爽やかに微笑んで私を見るんだから、しばらく見惚れちゃって、すぐには言葉が出てこなかった。
実は、湊と初めて会った瞬間に、恋におちた。
ひと目ぼれだった。
ひと目ぼれって、だんだん相手を知るうちにマイナス部分が見えてきたり、違うって思ったりするものだと思っていた。
だけど、私のひと目ぼれには狂いがなかった。
会うたびに、話すたびにマイナスどころかプラスされていって、今じゃ大好きすぎて何パーセントなのかわからないくらい好きになってしまった。



彼は、結婚している。だけど奥さんとはずっと別居中だ。
たぶん、話し合いさえ進めば離婚するだろう。
彼には子供もいる。
奥さんの連れ子で、今11歳の悠くんだ。
彼とは血のつながりはない。それなのに、大事に大事に愛して育てているのだ。
割り込む隙間がないほどに仲がいい。
だけど私は彼の悩み相談に乗ってあげる、優しい親切な頼れる同僚のフリをしつつ、湊に近づいて割り込むところまで成功した。

この前は、デートできた。
無理やり頼んで付き合ってもらったようなものだったけれど、楽しかった。
その前は、家に押しかけて無理やりハンバーグカレーを作ってあげた。
苦手な料理。
何とか作れるその二品を披露することができて、しかも美味しかったと言ってもらえた。
徐々に近づけてる。
そして今日、思い切ってお願いする。
「私、佳苗って名前なのよね」
「え? 知ってるよ」
「うん。知ってるよね。それで、その……お願いなんだけど」
上目遣いで彼を見てから、私は名前で呼んで欲しいことを伝えた。
「え、別にいいけど」
彼は言って、「じゃあ、佳苗さん」と少し照れたような顔で言ってくれた。
母性本能……。
女にはそういうものが潜んでいるらしく、私はその表情にクラクラした。
可愛い。抱きしめたい!
思わず行動してしまいそうな体と心を何とかやり過ごし、私は言った。
「私も、湊くんっていうから、佳苗ちゃんって言って」
彼の目が、一瞬丸くなった。
びっくりした? それとも引いちゃった?
ドキドキしながら失敗したかと様子を伺っていると、すぐに彼はいつものように微笑んで、そしてやっぱり照れたように言ってくれた。
「じゃあ、か……佳苗ちゃん」
汗が流れる。
身体がカーッと熱くなる。
恥ずかしいのと嬉しいのと、それから照れ臭いのと。
何もかもがいっぺんに襲ってきたかのような複雑な混乱を覚えた。
何が始まったわけでもないけれど、名前で呼ばれたことが幸せだった。
奥さんのことは、気にならないし、嫉妬もしないけれど、彼の立場や状況、悠くんの気持ちも考えなければならない。
普通の恋愛が始まるようには、すんなりと行かないのもわかっている。
いつか彼が言っていたように、周りの反対だってあるかもしれない。
だけど、それに耐えていけないと思っているならば、先に進もうとも積極的にアプローチしようと思うはずが無かった。
叶わないかもしれない夢を、見ているだけかもしれないけれど、いつか悠くんと2人で仕事から帰ってきた彼を「お帰りなさい」と言って出迎えてあげられる日が来るといいな。




★おしまい~。

白石さんの裏側でした。

悠のいない1日

夏休み、義母の家に遊びに行った悠は、楽しく過ごしているらしく、ほとんど電話もかけてこない。
悠はともかく、僕のほうが少しホームシックならぬ悠不足に落ち込んでいる。
そんな僕を心配してだろう。
同じメガネ店で働く同僚の白石さんが、僕を水族館へ誘ってくれた。
「気分転換に遊びましょう」
断る理由はなかった。
白石さんは、僕の家庭の事情を知っている。相談にも乗ってくれる。
同情なのだろうが、聞いてもらうと不思議と心が落ち着いてくるのだ。
ふたりで休みをあわせることは難しいので、僕たちは夜の水族館へと行くことにした。
夏休み期間だけ、特別に遅くまで開園している水族館は、ライトアップされていて昼間に来るのとはまた別の感動を覚える。
「大人一枚、子供……」
入園のチケットを買うとき、言いかけて僕はハッとした。
そうだ。
いつもは悠と二人で来るから。
今日は白石さんとだから、「大人二枚」といわなければならないのに。。。



子供が直接、海の生き物を触って体験できるコーナーがあり、
悠に体験させたら喜んだだろうな、と思ったり、いるかのショーを見たときも、手を叩いて喜んだに違いないと思ったりしてしまった。
こんな僕の様子に白石さんが気付かないはずがなかった。
「今度は悠くんと三人で来たいな」
優しい白石さんの思いやりのある言葉に、僕の心は素直に嬉しいと感じていた。
悠がいないのは寂しいけれど、こんな風なデートも悪くないな、と少し思った1日だった。

悠のいない夏休み

夏休みになって僕は、仕事先のメガネ店に夏休みをもらった。
5日間だけだが、少し早めのお盆休みの代わりだ。
キャンプや、プラネタリウム。それにプールや海にも行こうと計画を立てていたのに、昨日の夜にかかってきた電話のせいで、すべて計画倒れになってしまった。
『悠ちゃんを遊びに来させてちょうだいね』
現在行方不明の妻、香織の母親からだった。
悠にとっては、血のつながった祖母なのだ。
気は進まないが、僕も一緒に着いて行こうかと考えた。
今現在の状況や、香織のことを話さなければいけないと思っていた。
義母は香織が家に帰らないことを知っている。
僕が話したからだが、時々香織からの連絡があるようで、さほど気にしている様子はない。
連絡があるから大丈夫。などとのんきに笑っているが、そういう問題なのだろうか。
問題だと考える僕のほうが、おかしいのかもしれないとも思ってしまう。
価値観の違い?
『あなたは来ないわよね』
今、僕も行きますと言いかけた瞬間だった。
先手を取られ、遠まわしに来るなって言われているような気がして、
「はあ、まあ」なんて曖昧に答えてしまった。
『じゃ、土曜に迎えに行くわね』
義母は、うきうきとした様子で言うと、さっさと電話を切ってしまった。
「ばあちゃんのうち? 行かなきゃいけないの?」
事情を話したら、悠は不満げな表情で口を尖らした。
「明日迎えに来るってさ」
「しょうがないな~。はあ、じゃ、1日だけ泊まってくるよ」
1日だけと悠は言ったが、1日だけで帰してもらえないことはわかっていた。
帰ったらたくさん遊ぼうね。と約束をしてから布団に入った。
「お父さん。手をつないで寝ようよ」
甘えたように言った悠の手を、僕はぎゅっと握ってやる。
悠がこんな風に僕に甘えてくるのは、寂しいと感じているときだと決まっている。
「寝たくないな……」
悠がポツリと漏らす。
「どうして?」
「だって、眠ったら一瞬で朝になるだろ? 明日になったらお父さんと離れ離れになるじゃん」
不覚にも目の奥がじ~んとなって、涙が出そうになった。
愛おしくて、可愛くて、たまらなくなって僕は悠に腕枕をして抱きしめた。
行かせたくないな。
でも、今さら断れないしな。
やがて安心したのか、悠は僕の腕の中で、すうすうと寝息を立て始めた。
眠るのがもったいなくなって僕は夜通しずっと悠を見ていた。



 
明日からしばらく悠がいない。寂しいのは僕も同じだった。
ひとりの夏休み。どう過ごせばいいだろう。
そう考えると、ため息しか出なかった。

夏休み直前編

以前の登校拒否が夢だったかのように、ひとり息子の悠は、一学期一度も休まずに登校出来た。
友達ともうまく付き合っているようで、笑顔もたくさん見られるようになったと、担任教師が連絡帳を通して教えてくれた。
5年生になった悠は、クラブの部長を引き受け、さらに委員会の副委員長までも立候補したらしい。
イガイに目立ちたがりだったのか、それとも責任感があるのか知らないが、人見知りで目立たないように、みんなと同じにしか行動出来なかった僕とは違う。
そう、僕とはまるで正反対の積極的な性格をしている。
「あのさ、もうすぐ夏休みだよね」
夕食時間、悠が僕に言う。
「一学期、あと、二日で皆勤賞だね、それで……」
悠が言いにくそうに目を泳がせる。
4年の三学期も休まずに登校できた悠に、僕はごほうびにって言って、
ゲームの攻略本をプレゼントしてやった。
あのときは、すごく喜んでいた。
もしかして、何かごほうびでもねだるつもりだろうかと考えた。
でも、それはどうだろう。
欲しいものを買ってもらいたいために頑張っているとしたら?
しかもそれをおねだりするって言うのは、ちょっと……。
「丸いケーキを食べようよ」
悠が言った。
「皆勤のお祝い?」
問い返すと悠はうなずいて、ちょっとだけ照れたように続けた。
「お父さんも仕事、頑張ったよね。一日も休まず皆勤だろ? 僕も皆勤だし、ふたりで頑張ったお祝いをしたいんだ」






悠に……泣かされてしまった。

難しい話し合い-8

ずっと音信不通だった妻、香織が突然帰ってきた。
ちょうど僕は仕事が休みで、家にいた昼間の出来事だった。
香織は持っていた鍵で、勝手に入って来て僕と目が合うなり、固まっていた。
ちょっと笑えた。
口がぽかんと開いたまま、本当に固まっていたんだ。
「どうしたの」
久しぶりに会った香織に対する第一声がこれだ。
僕の言葉に香織は、ハッとしたように我にかえると、僕を無視してたんすの引き出しを探り出す。
そこには、印鑑や通帳を入れてあった。
今は置き場を変えてしまったから、そこにはタオルしか入っていない。
きっと僕のいないすきに香織は勝手に持ち出すことを考えていたんだろう。
「あのさ、香織。悠が会いたがってたよ」
唐突に伝えると、香織は無言のまま僕を睨みつける。
その顔を見たとき、「老けたな」って思ってしまった。
「今後のことと、悠のことを話し合わないといけないよね」
「今後なんかないわよっ! まだやり直す気でいるの? もう無理よ。話し合う必要なんかないわ」
そうじゃないよ。
僕だってやり直す気はない。
今後の話し合いって言うのは、離婚後の話だよ。
そう言う間もないくらい、香織はすごい剣幕で怒鳴りだす。
「湊が自分で言ったじゃない? 悠は自分が育てるって。私に押し付けようったって、いらないわよっ」
悠がいなくて良かったと思った。
悠のいない平日で良かった。
自分の子供なのに、そんな風に言える香織が、僕には理解出来なかった。
結局、何の話し合いも出来ないまま、香織は手ぶらで出て行った。

いったい、どういうつもりなんだろう。
何を考えているんだろう。
話し合う暇もなかった。



そして、その後。
何度か香織に電話をしてみたけれど、またつながらない日々が続いただけだった。
とりあえず、今も僕のそばには悠の笑顔がある。
どうなるか、全くわからないけれど確実なことはひとつ。
悠とずっと一緒にいられるんだって言う幸せだ。

ずっと悠と……-7

言うつもりはなかったのだが、仕事がすんでから、白石さんに問い詰められた僕は、あっさり事情を話してしまった。
「悩みがありそうな顔を見てたら、ついお節介にも口を出したくなるのよね」
話を聞き出し終えた白石さんは、うっすら笑みを浮かべて、僕をじっと見ている。
「何かあったら、いつでも相談してね」
白石さんの微笑みに、危うくつまずきそうになるのを、あえて誤魔化しながら、僕は家に帰った。
白石さんは夜になって、僕の携帯に電話をかけてきた。
まだ何か言いたいことがあったのかと聞いていると。
『悠くんに、またご飯作りに行きたいんだけど』
などとごにょごにょ言っている。
「悠も喜ぶと思う。お願いします」
僕ったら、そんなことを言っている。
電話を切って振り返るとすぐに、悠が僕に聞いた。
「ハンバーグカレーのおばさん?」
「え……ああそう」
22歳でおばさんか。可哀相に、白石さんが聞いたら怒るよな。
「ふうん。いい人なら、結婚すれば?」
「結婚はできないな。まだ、離婚していないからね」
「離婚してないの?」
「してないよ」
「早く離婚すればいいのに。悠は、お父さんと二人でいいもん。お母さんなんかいらない。いなくても生活に困るわけじゃないもんね。でもお父さんが結婚したいなら、いいよ。その人が、悠と遊んでくれるならいい」
まだ、親に遊んで欲しい年頃なのかと思った。
僕は頭の中で想像していた。
僕と悠がキャッチボールをしているんだ。
その少し向こうの日陰に敷いたシートに、白石さんが座っている。
時々振り返ると、にっこり笑顔で笑って手を振ってくれるんだ。
「悪くないかも……」
僕はそんなことを考えながら、布団に潜り込む。そして目を閉じてさっきの続きを想像していた。

だけどそれが実現するかどうかは、まだ先の話。
将来のことなんか、今は何もわからない。
まずは離婚話をするところからなんだろうな、とは思うけれど、でも具体的にどう動き始めればいいかなんて、すぐには考えつかない。
今わかっているのは、きっと僕は悠と暮らし続けるだろうってことだ。
情けないし、頼りない。
たかが22歳の若造で、子供を育てていると言うよりも、一緒に成長させてもらっていると言う段階だ。
でも、暮らしていく以上、無責任に放り出すことは出来ない。
こんな父親だけど、悠に見放されないように、しっかり歩んで行こうと僕は思った。

難しいイジメ問題-6

『証拠はあるんでしょうねっ』
いきなり電話口で怒鳴りつけられたときは、びっくりして泣きそうになった。
3人組女子のうちのひとり、千春ちゃんの母親からだった。
キレイなお母さんで、いつも愛想よく僕に笑いかけてくれていた。
あの顔からこんな怒鳴り声が?
『うちの子は、イジメなんかするようなタイプじゃありません』
彼女は、延々と僕を責めた。
『だいたいちーちゃんは、悠くんとは友達だって言ってるんですからっ。誰か
別の子と勘違いしてるんでしょう』
そんなはずはないと思った。
悠は言ったんだ。千春が首謀者だって。
中心になって、悠を攻撃するって。
──女の子だから、手を出したら駄目だって思って。我慢してるんだけど、口じゃ敵わないんだ。
悠はそう言った。
確かに手を出してしまったら、女の子に怪我をさせるかもしれない。
そうなったら、悪いのはきっと悠になるだろう。悠の判断は間違っていないと思った。

 

だが、事態はますます悪化した。
 それぞれの親が校長室に呼ばれ、集まった。
千春の母親以外の二人は、子供が素直にやったと認めたため、頭をさげて謝ってくれた。
悠の愛想のなさがイジメの原因だったらしい。
偉そうな態度がムカついたらしい。
悠にも反省すべき点はあったのだろうが、いじめるほうが悪いんだと言って、麻子と涼子の母親は言ってくれたんだ。
「麻子はいつかやると思ってたんですよー」
ごめんなさいね、と麻子の母親は言った。
涼子の母親なんか、僕に手紙まで書いてきてくれた。
「早いうちにわかって良かったです。このまま気付かずに中学生になっていたら、もっと大変なことになっていたかもしれない」
まだ4年生、言い聞かせれば素直に聞く年齢なんだそうだ。
素直に嬉しかった。
「被害妄想ですっ」
千春の母親だけ、絶対に認めてはくれなかった。
二人の子供が、3人でやったと言っているにもかかわらず、最後まで頑なに認めようとはしなかった。
こんなことになって、話もしたくない、顔も見たくないと、直接言われてしまった。

別にいいけど。
女の人は怖いなって思った。
 


結局それ以来、涼子と麻子とは仲良くなったようだったけれど、千春とは未だに仲良くなれていなかった。
3人組みも解消になったようで、千春だけが一人でいると、悠から聞かされる。
「悠が声かけてやれば?」
「無理。アイツだけは嫌だ」
「……そっか」
千春の将来を不安に思ってしまうのは、傲慢な考えだろうか。

不登校の原因-5

「悠、今日はカレーでいい?」
「いいよー」
僕は野菜かごから、ジャガイモとたまねぎを取り出した。
皮をむき、切って鍋に入れる。冷蔵庫から人参を出してふと手を止めた。
「なんか、面倒くさいな……」
冷凍室からミックスベジタブルを出して、鍋にザラザラ入れた。
夕食の支度なんて、やりたくなくてもやらなきゃいけなくて、毎日毎日、
メニューを考えるのも、大変だし……。
「お父さん、肉は?」
「え……」
しまった。うっかりして肉をカレーに入れるのを忘れていた。
「溶けちゃったんだよ。今日はミンチよりも小さい肉の粉を入れたんだ。味はするだろ」
「……子供だからって、騙すのは良くないよ」
冷ややかに返された。
どうも悠は、冷めてていけない。子供らしい無邪気さと言うものが欠如しているようだ。
現実、担任教師からも言われた。
『悠くんは、考え方が大人です。けれど、そのせいでクラスのみんなの言うことが、
バカバカしいと言う態度を取るのは困ります』
協調性がないと言われた。自己中心的、一度決めたら絶対変えない頑固さ。
短気ではないが、一度キレると手がつけられなくなる。
悠にだって、良い所はたくさんあるんだ。それを見てくれず、悪いところばかり
指摘されると、教育がなっていないとか、父親失格だと言われているようで、辛いんだ。
確かに、僕の教育は甘いかもしれない。
けれど家にいる時の悠は、特に口を出さなくても、何でも自分でやるし、
手伝いもしてくれるいい子なんだ。僕の腰を気遣う優しさもあるし。
いい子が危ない、と言われるのも知っている。担任が言う事は事実だろう。
集団生活がうまく行かないのは、社会に出た時、致命的かもしれない。





そんなある日、急に悠が学校へ行きたくないと言い出した。
半分泣きながら、それでも僕の聞くことに対して、堅く口を閉ざしたまま
ハッキリ言おうとしないのだ。
それでも何とか登校は続けていたのだが、とうとう朝、起きられなくなってしまった。      
寝つきも寝起きも良かった悠が、決まって朝になるとおなかの痛みを訴えるようになったのだ。
この症状は本で読んだことがあった。
もしかして、学校でイジメにでもあっているんじゃないだろうかと不安がよぎる。
悠は、言いたいことはハッキリ言うタイプだ。
もしかすると、イジメられた子を庇ったせいで、今度は悠が標的になっているんじゃないだろうか。
問い詰めたわけではないつもりだったが、結果的には無理やり聞き出したようになってしまった。
悠は、クラスの女子に嫌がらせを受けていることが判明した。
すれ違いざまにわざとぶつかり、バーカと言われるのは日常だったようだ。
他にも陰で足をけられたり、プリントをぐしゃぐしゃにされたりしたらしい。
思い返せば、悠が持って帰ってくるプリントはいつも汚かった。
男の子だから、雑なんだろうなって、あまり気にしていなかった。
気付いてやれなかったのは悔やまれる。
『イジメの兆候が見られたら、必ず連絡帳に書いて連絡をしてください』
春の家庭訪問のときに、悠の担任は言った。
少し迷ったものの、もう悠は半月登校出来ていなかったのだ。
風邪具合が悪いとか、腹痛とか、果ては足が痛いと言うようになっていた。
食欲も落ちて、風呂場で急に叫び出したときは、さすがにヤバイんじゃないかと思った。
僕は連絡帳に事実を記入し、担任に報告をした。
すぐに電話がかかり、誰に苛められているのかを問い詰められる。
「え……言わなきゃいけないんですか?」
『言ってもらわなければ、解決しません』
「はあ……」
悠から名前は聞いていた。
相手は女の子3人だった。
──千春ちゃん、麻子ちゃん、涼子ちゃん。 
こう言うの、チクるって言うんじゃないかと、かなり抵抗があったが、
僕はそれで解決するなら……と甘いことを考えていたんだ。

スキンシップ過剰?-4

悠が寝ているうちに、僕は悠の時間割を確かめてやるためにランドセルを開く。
時々こうして確認してやらないと、まだ忘れ物をしてしまう年齢なのだ。
「あれ……」
ランドセルの底から、ぐしゃぐしゃになった紙が出てくる。
開いて見てみると、『花の植え替えのお手伝い募集』と書いてある。
参加できるかたは、参加用紙に記入して提出してくれと書かれてあった。
けれど日付を見ると、すでに締切りも作業の日もとっくに過ぎていた。
翌朝、悠にプリントを見せながら聞いた。
「こういう大事な提出書類は、ちゃんと見せてくれないと困るよ?」
仕事の都合上、こういう行事にはなかなか参加できないでいる僕は、
他のお母さんたちからは、非協力的と思われているんだ。
作業の日は水曜日で、僕の休日の曜日だった。これなら参加できたのに。
「だって、嫌だろ?」
悠が僕から目を逸らしたまま言った。
「え?」
「だってさ、腰痛いんだし、せっかく休みなんだしさ、しなくていいって思ったんだ」
だから隠していたんだと悠は言った。
「悠、僕のためなの?」
「いいんだよ。そーゆーのはやれる人がやればいいんだからさ。暇なオバサンが
いっぱいいるんだからいいのっ」
「悠……それは違うよ」
悠が僕のためにと思ってくれた優しさは嬉しい。だからと言って、悠の考え方は
違うと教えてやらなければいけないと思った。
「やれる人がやればいいって言うのは、全くの間違いじゃないと思うよ。どうしても
無理なものは無理してもやれないんだからさ。でも、何も出来ませんじゃ済まない。
やれることは協力しなきゃいけないと思うんだ。この日は休みで無理じゃない。それに
花の植え替えなら、僕もやれると思うんだ」
「腰が痛いくせに?」
「悠が心配してくれる気持ちはわかるし、嬉しいと思ってるよ。でも、ちゃんと
外に働きに行けるくらいなんだ。何もかも無理ですじゃ、通らないんだ。相談して欲しかったな」
「……だって」
「怒ってるんじゃないよ。悠はどう思う?」
「悠は……」
「お父さんの言うことが全部正しいとは限らないから。違うと思ったら違うって
言ってくれていいからさ、正直に思ったこと、言って?」
悠は少しの間、落ち着きなくそわそわして、泣きそうになっていたが、やがて
僕の顔をじっと見ると、
「ごめんなさい」
小さく謝った。
「謝らなくていいんだって。そりゃ、プリントを隠してたのは困るけどさ、
悪気があったわけじゃないんだし」
僕の言いたいことは、間違って悠に伝わったのかもしれない。
つくづく言葉って難しいもんだ。思ったことが思った通りに相手に伝わればいいんだけど。
「悠」
僕は悠の頭をそっと撫でた。
顔を上げた悠の目が、涙に濡れていて、ちょっと胸が痛くなる。
「これからは、学校のプリントはちゃんと全部見せて?」
「うん。わかった、見せるね。ごめん」
うなずくと同時に、悠が抱きついてくる。
小さい身体を抱きしめながら、愛おしさがこみ上げる。
どっちかと言うと、僕と悠はスキンシップ過剰だと言われる。
僕の母親なんか、良くこういうんだ。
「ホントの親子はそこまでベタベタしないよ」
そうなんだろうか。
言われてみれば、僕は母とは距離を感じていたっけ。
抱きしめられるどころか、頭を撫でられたことも、確かになかったような気がする。
だけど、学校で貰ってきたプリントに書かれてあったんだ。
スキンシップは大事だって。
無理してやっているとか、心がけてやっているんじゃなかった。
本当にそうしたいと思うから手を伸ばす。
こんなに可愛いのに、抱きしめたくならないわけがないと思うんだけどな。
でも、本当に血がつながっていたら、どうなのか。想像したってわからないのだ。

白石さん-3

客足がふっと途切れる瞬間と言うのが、平日には良くあることで、
今日も夕方五時を過ぎた頃、その時間がやって来た。
「春原くん、その後奥さんとはどう?」
白石さんには、香織が出て行ったことが知られている。
僕が相談を持ち掛けた訳ではない。
どうも僕は、感情が顔に出やすいタイプらしく、白石さんは目ざとく僕の悩みをキャッチした。
飲みに誘われ、週末で悠は実家に泊まりに行っている事も手伝って、ついつい飲みすぎた。
そして、しゃべり過ぎたらしい。
「相変わらずだよ。音信不通」
「ふうん。どう言うつもりなんだろうね、浮気相手がいるなら離婚したいだろうし……」
お客様が店内に入ってきた。
良かった、あのままだったら白石さんのおしゃべりは延々続いた事だろう。
閉店時間になり、予想通り白石さんが誘って来た。
「さっきの話の続き、飲みながら話さない?」
「せっかくだけど、今日は無理かな。悠がハラ空かして待ってるから、帰らないとね」
「あ、じゃあ私が夕飯作ってあげようか?」
「え、白石さんが?」
「作れるわよ、ちゃんと。何がいい? ハンバーグでもカレーでも。和食だっていいわよ」
作れるかどうかを知りたかったんじゃない。うちにまで押しかけてくる気かと聞きたかったんだ。
白石さんは、じわじわと僕の生活に侵入しつつある。別に嫌いとか、そういうんじゃないんだけれど、
だからと言って好きではなかった。年が同じで話は合うけれど、ただの同僚。それ以上には見れない。
顔がどうこう言うわけではない。顔とスタイルは、きっと並以上だと思う。
可愛いし、胸だって大きい。何も妻に逃げられた子持ちの僕なんかに付きまとわなくたって、
他にも男がたくさん寄ってきそうなもんだ。
「スーパーに寄って材料を買って行きましょう。悠くん、成長期なんでしょ? ちゃんと栄養とらなくっちゃ」
もしかしたら、同情されているのかな。僕と悠の二人暮らしでろくなものを食ってないとか、思われて
いるんだ。そうだきっと、白石さんは、困っている人をほっとけない性質なんだよな。
……って、別にたいして困ってないんだけど。



「わーすっげー! カレーの上にハンバーグが乗っかってるー」
白石さんの作ってくれたハンバーグカレーに、悠は目をキラキラと輝かせて喜んだ。
「ほんとだ! うまそー、いただきまーすっ」
僕まで喜んでどうする、と心の中で突っ込みをいれた。
だけど、本当においしそうだったんだ。手作りのカレーにハンバーグだよ?
インスタントなんかじゃないんだ。
悠と二人で、三杯ずつおかわりをして、満腹になった頃、白石さんが後片付けをしてくれる。
いいなあ、と思ってしまった。
正直、洗い物は大嫌いなんだ。食後はゆっくり転がっていたいんだよ。
自由に転がらせてくれる白石さんを、不覚にも「いい」なんて思った。
 
 


その後、白石さんを、車で送って行った。
「悠は、ゲームしてるもん」
てっきり着いてくるかと思ったのに、成長したんだな、夜に一人でいられない子だったのに。
「それにしても、悠くんがあんなに喜んでくれるなんて、ちょっとびっくりしちゃった。
やっぱり母親がいないから、寂しいのね」
普段、悠は香織の話をしない。
いなくて寂しいとも、どこに行ったのかも聞かない。悠は、お父さんやおじいちゃん、おばあちゃんがいるから平気だと笑っている。
「お母さんは必要なんじゃない?」
真顔で言われ、ドキンとする。
「けどもう、あいつとは無理だ。僕、一緒に暮らす自信はないよ」
連絡がついた時が、離婚の時なんだろうな、と漠然と思っているのだ。
「じゃあ、離婚成立したら、新しいお母さんもらう?」
「……僕、おかしいんだ。おかしい僕のところになんか、来てくれる人はいない」
「おかしい? どこが?」
白石さんが不思議そうに尋ねる。
「あいつに言われた。僕はおかしいって、人として変なんだって。だからあいつ、出ていったんだ。おかしい男とは、暮らせないんだ」
「春原くんは、おかしくないよ。おかしいのは出て行った奥さんの方なんじゃない? だいたい、おかしいとか、変とか思ってる男に、一人息子を預けていける?」
「あいつは悠の事もおかしいって言ったんだ」
「ひどい! 自己防衛のために春原くんと悠くんに、責任を転嫁してるだけに聞こえる。人のせいにしたら、自分は守れるもの」
有難かったな。僕の味方をしてくれる人がいるだけで、なんか救われる気がした。

普通の基準?-2

香織とはバイト先で知り合った。
二年前に離婚して、当時六才の悠と二人で暮らしていると言っていた。
四つ年上の香織の、必死で子供を育てている姿に惹かれた。
子供だったんだよな、僕も。
僕が香織と悠を、幸せにしてやれると思ってしまったんだ。
周囲の反対はかなりなものだったけれど、僕達は結婚した。
幸せに、楽しくやっていたはずだった。
たった一年でこうなってしまったんだ。
周囲の反対に逆らわなければ良かったかな、と時々思う。
けれどそれはすぐに違うと首を振る。
悠の寝顔を見るたびに、僕は間違っていなかったと何度も思い返すんだ。
香織と結婚していなかったら、悠はここにはいない。




夏休みも終わりに近づき、僕の腰は全快傾向にあった。
通い慣れ、まるで常連のように病院スタッフとも仲良くなってしまった。
「プールに、行ってもいいでしょうか」
治療中、杉浦先生に聞いてみた。
「子供がうるさいんです。連れて行けって」
「春原さん、子供さんいらっしゃったんですか」
杉浦先生は、ちょっと驚いた様子だった。
「10歳なんです」
僕の年はカルテに書いてある。先生が驚くのも無理はない。
10歳の子供に22歳の父親なんて、普通は有り得ないだろう。
ずいぶん打ち解けていたせいか、僕は先生に事情を話してしまった。
「そうだったんですか、頑張ってらっしゃるんですね」
その目が同情されているように見えて、帰り道で僕は、言わなきゃ良かったな、
と後悔した。いくら打ち解けていたからって、ここまで個人的な話をする仲ではない。
昼休みを抜けて病院に行っていた僕は、
そのままファミレスでランチを食べてから、仕事に戻った。




「春原さん、さっきお客様が来られて、レンズの色が違うってクレームついていたわよ」
同僚の女の子、白石さんが、メガネを差し出した。
僕はずっと、このメガネ店で働いている。
メガネを加工するのが主な仕事だけれど、もちろん接客も検眼もやっている。
「ピンクが薄すぎるんだって」
「これ以上濃くすると、すごい色になっちゃうんだけどな」
手渡されたメガネのレンズは、見本色よりもかなり濃い目に染まっている。
これのどこが薄いんだ。
「でも、お客様の要望だから……」
白石さんも同じ事を思ってくれているようで、苦笑いで肩をすくめる。
「わかった。濃くしよう」
ピンクが濃く染まったレンズのメガネを受け取りに来たお客様は、
その色に満足したらしく、喜んで帰って行った。

こっちが「これが最適」と思うことでも、人によって感じ方が違うんだなぁと思った時、
僕が良かれと思った事で、香織がそうは思わなかった事がきっとあったんだろうかと、不意に思った。

常識ってなんだろう-1

夏休みの間、ずっと実家に世話になっている。
夏休みには、海やプールにキャンプに連れて行けと、ひとり息子の悠からねだられていた。
なのに何だ。
夏休みが間近に迫っていると言うのに、僕は腰痛に倒れたのだ。
「しばらく安静に。痛みが治まったらストレッチを始めましょう」
昔から腰痛持ちだった僕は、かかりつけの整形外科があったけれど
倒れたのが日曜日だった。とにかく痛みがひどくてたまらず、日曜も診療していると
噂の病院に駆け込んだ。
臨床整復科と言う耳慣れない科に案内された僕は、多少の不安はあったけれど、
担当の杉浦先生の、優しい笑顔に解消された。
今まで受けていた腰痛治療とは異なり、薬や注射は一切使わず、
杉浦先生の腕一本での治療に最初は戸惑っていたが、いやすごい。
一週間もすれば痛みがすーっと治まって来たのだ。
「油断は禁物ですよ」
痛みが治まったからと言って、完治したわけではないので、治療は続けましょう、
と言われ、そうかと納得した僕は、今も病院に通い続けているのだ。

「ただいまー」
「おかえり。腰、大丈夫?」
実家の玄関を開けると、悠が出てきて気遣ってくれる。
悠は今年10才になった。小学校4年生だ。
僕とは血がつながっていない。
でも僕にとっては本当の息子と何も変わらない、可愛い可愛い子供なんだ。
こんな可愛い息子を置いて、妻、香織は家を出て行った。
離婚はしていない。別居ともどこか違う。話し合いは何もしていないのだ。
何もわからないまま、香織は突然いなくなった。
一度だけつながった携帯電話の向こうで、香織は言った。
『湊(ミナト)が悪いのよ。全部あなたのせい』
僕のいったい何が悪かったのか、尋ねても香織は答えてくれなかった。
『それも分からないなんて、バカなんじゃない? おかしいわ湊。人として変よ』
僕は返す言葉がなかった。
あなたの将来が心配だわ、と香織は言って、一方的に電話は切られた。
以来三年間、電話はつながらない。
香織の言葉を、僕は何回も頭の中で考えた。

僕はおかしいのか? どこが? それが分からないのがおかしいのだろうか。
二十二年間生きてきて、おかしいなんて言われたのは初めてだった。
それなりに常識の範囲で、特に目立つこともなく暮らしてきたつもりだった。



「お父さん、宿題で分からないところがあるんだ」
教えてよと言って、悠が僕の腕を引っ張る。
「小数点の計算なんだけど、おばあちゃんは分からないって言うんだ」
「よし、分かった。どこだ?」
そう言ったものの、僕の頭は文系で、正直算数は苦手だ。
問題集を見せられて、しばし考え込む。たぶんこのやり方で合っているだろうが、
けど待てよ。万が一、間違って教えたら大変だ。
「悠、教科書見せて」
読んで、理解して、何とか教える。
まだ4年生だから何とかなるが、そろそろ限界かもしれないな、と思う。
「先生の話を良く聞いて、遅れないようについていかないと、これから大変だからな」
ちょっと責任逃れな発言をして誤魔化しながら、頑張れよ、と悠の頭をぽんっと叩いた。


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