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優しい居場所②

~明里side~


どうにかしてあのTシャツを取りに行けないだろうか、と明里は考えていた。

すぐそこに見えるのに取りに行けない。

だって、他人の庭だもの。

勝手に入ったら不法侵入だし、かと言って自分のTシャツでもないのに

取りに来ましたとも言えないし、でもどうにかして手に入れたいと思っているのは、

それは……。

そう考えているうち、日が傾いてきた。

気になってもう一度ベランダに出ると、階下の住人が

洗濯物を取り込んでいるのが見えた。

「あ……」

落ちているTシャツに気づいたらしく、その人はTシャツを拾い上げると

首をかしげながら辺りを見回し、そして不意に上を向いた。

「うわっ……」

急に目が合ってドキンとしてベランダから離れるけれど、

見ていたのにはきっと気づかれたに違いない。

心臓のドキドキがおさまらないうち、急に玄関のチャイムが鳴ったから、

さらにドキンとする。

そろそろと玄関に近づいてドアスコープから外を見ると、

さっき目が合った階下の女性がいた。

明里はすぐにドアを開ける。

「下の102号室の本城です。これ、落ちてたんですけど……」

差し出された本城さんの手には、あのTシャツがあった。





~美波side~


洗濯物を取り込もうとしたとき、ふと足元を見ると見覚えのないTシャツが

落ちていた。

どう見ても自分のではない。

風で飛んできたんだろうか。

どこから?

そう思いながら辺りを見回し、不意に上を見上げたとき、

2階の女の子がこっちを見下ろしているのに気がついた。

「ああ、そっか」

上から落ちてきたんだ、と美波は納得し、洗濯物を取り込んでしまうと

そのままTシャツを持って2階にあがった。

チャイムを押すとしばらく間があったものの、返事もなしに

いきなりドアが開いたので戸惑った。

こんな物騒な世の中なのに、相手を確かめずにドアを開けるなんて、

無用心な女の子だ。

「下の102号室の本城です。これ、落ちてたんですけど」

言うと、その子は美波の持っているTシャツを凝視する。

「それ、それね、私のじゃないんだけどね」

「あ、違ったんですか、ごめ……」

「いいのっ!!」

その子はTシャツが破けるんじゃないかって勢いで、

美波の手からTシャツを奪い取った。

ビックリしている美波に、その子は言った。

「それね、隣の203号室の長沢さんのTシャツ。彼がそれ着ているの、

見たことあるもん」

そうだったのか。私の勘違いだったのか。

だったらこの子ではなく、隣に持って行こうと思い、美波はその旨を伝えようとした。

「じゃあ、風でうちに飛んできたんですね。私、真上のあなたのところから落ちてきた

とばかり思っ……」

「だからいいの!」

その子は美波の言葉を遮るように言葉を続ける。

「だって、今持って行っても長沢さん、いないよ。彼、夜遅くならないと帰ってこない

し。美容師なのよ、彼。だから今日も日曜だけど仕事。特に今日は忙しいから、何時

になるかわかんない。だから私が預かってあげる。隣だから彼が帰って来ると気が

つくし、それがいいと思うのよね」

聞いてもいないことを、ペラペラと明かしてくれるけれど、

はっきり言ってそこまで隣の人に関心があるわけではないし、

この子が返してくれるというのなら、預けてもいいと思った。

隣同士だし、きっと仲良しなのかもしれない。

「じゃあ……」

よろしくお願いしますといおうとしたが、先に言われてしまった。

「じゃね、ごくろうさま」

目の前で閉まったドアを見ながら、イマドキの子だな……

と美波では考えられないあの子の言動に苦笑した。


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優しい居場所①

~明里side~


ベランダにに出ると、早瀬明里(はやせあかり)は柵に寄りかかり、空を見上げた。

こんなにいい天気なのに、何の予定もないなんて退屈だ。

日曜日の午後、明里はひとりで暇を持て余していた。

明里は専門学校に通う19歳。

学校ではデザインの勉強をしている。

友だちに電話をしてみるが、みんな先約があった。

明里は男の子にモテるから、男の子たちなら

喜んでデートしてくれるのは分かっていた。

軽くウエーブしたロングヘアは、少し茶色に染めていて、

動くたびにふわりと揺れる。

目もパッチリと大きく、色白な肌は透き通るようにキレイだ。

その上、スタイルだってよいとなれば、

男の子の視線を釘付けにするには十分すぎるだろう。


そう。

小さい頃から、明里はいつもモテていた。

けれど、どんなに言い寄られても、明里はその気になれなかった。

自分から好きにならないと心が動かない。

誘われてデートをしたことはあるけれど、いつも退屈だった。

でも、今は別の理由がある。

このアパートへ引越してきてから、明里は片想いをしているのだ。

隣に住んでいる長沢啓太(ながさわけいた)。

彼を好きになってからは、他の男なんて目にも入らないのだ。

「はあ・・・・・」

明里はため息をつくと、何気なく1回の庭を見下ろした。

「あ、あのTシャツ・・・」

庭に落ちていた1枚のTシャツは、見覚えのあるものだった。

明里は思わずベランダから身を乗り出した。




~美波side~



雲ひとつない青空。

空気はまだ冬の冷たさを含んでいるけれど、洗濯するには絶好の天気だ。

本城美波(ほんじょうみなみ)は布団を干してから、

洗濯物を洗濯機にほおりこんだ。

スイッチを入れれば後は洗濯機が勝手に洗ってくれる。


リビングに戻りソファーに座ると、美波は大きな欠伸をした。

今日は日曜日で、世間一般では休日と言われる日だけれど、

今の美波は毎日が休日だ。

リストラされて2週間になる。

上司の言うことに納得できず、反論したのが原因だと思われる

不本意なリストラだった。

部下が思い通りに動かないと機嫌の悪い男。

その上、自分の買った私物までも会社の経費でおとすような公私混同な男だった。

そういう上司を軽蔑していた美波は、あの日頼まれた嘘の帳簿作成を断った。

それから3日後のいきなりのリストラで、会社の経営難のため、

やむを得ず人員削減をしなければならなくなって申し訳ないなどと理由を告げられた

のだが、すぐには納得できなかった。

けれど、あんな上司のもとで働き続け、自分も嘘つき人間になってしまうよりずっとい

い、と無理矢理言い聞かせ退職を受け入れた。

まだ22歳。いくらでもやり直せるはずだ。


カーテン越しに差し込む暖かな陽射しが心地よくて、

いつの間にか美波は眠りに落ちていた。

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